昔ツイッターで政治のつぶやきをして恥ずかしくなった話
かなり前の話だけど、ツイッターの趣味アカウントで政治のことに対してつぶやいたらいいねが1000以上押されたことがある。
いつもは押されても1か2だからその時は本当にびびったと同時に正直高揚してしまった。
まあ本当にすごい人と比べたらゴミみたいなもんだけど、なんか自分のツイートが社会に対して影響与えたかのような錯覚すら覚えたわけ。
でもその数週間後に自分の言ってたことが全くのトンチンカンの間違いだったことが明らかになって、(数週間前の自分のツイートのことなんて誰も気に留めてないので、誰に馬鹿にされるわけでもないが)めちゃくちゃ恥ずかしい気持ちになったわけ。
そのときに学んだのは政治ってめっちゃ水物だからメディアが問題にしたことでも時間が経てば何が正しいかなんてわかったもんじゃないということ。
恥ずかしかったとはいえ、そういうことに比較的早く気付けたのは良かったと思う。
ところで、自分がそれをやらかしたときとは比べ物にならんぐらい、今のツイッターやヤフコメでは(まあ5ちゃんも酷くなってるか)政治コメントの怒りで溢れてるけど、ああいう人って自分の主張してる正義なるものが間違ってるってわかった時にどう思うんだろ。
いいねの承認欲求が最優先で過去のコメントを振り返らずに、自分がインスタントに考えた正義をひたすら振りかざし続けるんだろうか。
いくら誰にも承認されない寂しいひきこもりといっても自分はああはなりたくないなと思ってしまう。
あの人たちは承認欲求に支配された化け物の群れにしか見えない。
まあ自分も最初に鼻へし折られなきゃ政治のコメントで承認欲求ばっか求めてたのかもしれないけどね。
結局みんな寂しいのかな。なんか最近みんないらいらしすぎじゃなかろうか。